PRINCE SHOTOKU
斑鳩は、聖徳太子の宮と寺院文化が結びついた場所
斑鳩町の歴史をたどる上で、聖徳太子は欠かせない存在です。町の年表では605年に太子が斑鳩へ移り住み、607年には法隆寺が創建されたとされています。斑鳩宮と寺院を中心に形成された文化は、その後の斑鳩の姿に大きな影響を残しました。
斑鳩に住む
聖徳太子が斑鳩に住んだとされる時期。政治の場である宮と仏教寺院が近い地域に置かれ、斑鳩が重要な舞台となります。
法隆寺創建
太子ゆかりの法隆寺が創建されたとされます。現在の法隆寺は後世の再建を含みながら、古代から続く仏教文化を伝えています。
聖徳太子が没する
太子没後も、斑鳩では太子ゆかりの寺院や信仰が受け継がれていきます。
上宮王家の滅亡
蘇我入鹿による斑鳩宮攻撃で山背大兄王ら上宮王家が滅亡したとされます。斑鳩の造寺活動にも大きな転機となりました。
斑鳩宮跡に東院伽藍
のちに斑鳩宮跡とされる場所に、夢殿で知られる法隆寺東院伽藍が建立され、斑鳩は太子信仰の重要な拠点として受け継がれました。
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太子ゆかりの斑鳩を現地で見る
人物だけで終わらない
聖徳太子を入口にすると、斑鳩宮、寺院、上宮王家、古代寺院跡へと歴史がつながります。次は古代寺院と遺跡から、町に残る痕跡を見てみましょう。
古代寺院と遺跡へ